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夏と自分の満喫                             七月二十八日 d100728 今年も無事に夏が来ました。太陽が強く照りつける夏が好きな者にとっては 非常に 有り難いことです。 夏に夏らしいことをすると夏を満喫できるので 夏が終わる前に 袖を捲り 自転車を 立ちこぎして 夏の漂うところに行こうと思います。 夏を満喫する為には 先ず『夏』というものを よく観察し よく知らなければなりませ ん。 自分にとって『夏』とは どういう価値があるのかを知ることが 満喫する手立てになり 得ます。 旬のスイカを食べ 暑さの和らぐ川辺や海へ出かけ 花火と出店で賑わう お祭りへ と繰り出せたら いいなと思います。 これと同様に 三十代だから一般的に言われる三十代らしいことをすると それを満 喫できるのでしょうか? 夏と同じように 人間もそのように簡単にはいくとは 思われませんが 自分の自分を 満喫する為には どうすれば良いでしょうか? 以前 何かの本で読んだのですが 「目や鼻を始め脳も 自身のことを感知するため に出来たのではないので 自分を見たり考えたりすることが苦手」だと書かれていまし た。 確かに 自分自身のことは 何も解っていないように 思います。 肉眼で自分がどのように笑うのかも見れませんし 自分が客観的にどのような性格を しているのかを 長所 短所共に 説明することは難しいです。 そうなると他人や物を媒体として 自己を見る方が 自分を把握し易い ということに なります。 つまり 自分以外の人や物を観察し 自分にとってそれが どのような価値があるの かを考え 自分をよく知ることが 『自分を満喫する為』の第一歩となるのではないか なと考えております。 心臓が止まる前に この生を満喫する為 この自分と共に 自分以外の全ての世界へ  駆けていきたと思います。


音楽は何を聞きますか?                      七月二十四日

これは皆さんも しばしば聞かれるであろう質問ではないでしょうか。 僕は基本的にジャンルに拘らず何でも聞くのですが 時期に寄ってその種類に偏 りがありますので 返答に困ります。 最近 よく聞いたものは 大きくジャンルを分けると二種類あり とりわけ具体的に 聞いていた曲と言われますと 一つは「Dechen Shak-Dagsay」という チベット僧の元に生まれ スイスへ亡命 した チベットマントラを歌う歌手のアルバムです。 もう一つは 「魔法陣グルグル」という九十年代始めのアニメの 初代エンディング テーマ曲です。 実は子供の頃 特にアニメばかり見ていた訳でもなく 格別に見入ったアニメも無 いのです。 しかし この頃のアニメのエンディングテーマ曲は 物語生が強く 前向きな曲だ けれども どこか寂しさや 切なさを感じさせる雰囲気のものが多くて 一度聞い たら心に残る曲ばかりです。 この質問に返答するならば 最近はチベットマントラの現代歌曲と 日本アニメの 九十年代前期のエンディング曲と答えれば良いのでしょうか? 妙な答えとは思いますが 共に無常という空気を自分に示してくれることでは 同 じ種類なのです。


七月のおもしろきこと                           七月二十日 d100720 先日 ohtaのインターンの応募をされた ある方の面談を行いました。 約束の時間から十五分経っても来ませんでしたので『道にでも迷ったのかな?』 『時間を守らない人は難しいな……』と思いながらも 雑務をこなしておりました。 もう暫く経つとインターンホンが鳴り 出てみますと 画面から顔が4/5切れている 状態で その方が「すみません。道に迷って遅れました。」と言うのです。 やや焦った その声のトーンから 非常に真面目そうな印象を受けました。 僕はインターホン越しに「わかりました。玄関は開いているので 入ってください」と 言い 少し緊張した心持ちで 机のノートやファイルを片付け 水をコップに注いで おりました。 面談はというのは お互いの心中を話し合う初対面の場所なので 良い緊張感が漂 います。 そんな中 何故か家の中で聞くはずの無い『ゴツゴツ』という大きな足音が近づいて 来るのです。 水を飲みながら『まさか……』という思いがこみ上げ始めました。 「こんにちは……」という小さい声と共に 笑顔の面談者が姿を現したので 挨拶を した瞬間すぐに彼女の足下へと目を向けました。 やはり 靴を履いていましたので 『これはなかなかの強者だな』と思いながら無表 情で「玄関で靴を脱いでもらえるでしょうか?」と言いました。 「ごめんなさい」と申し訳なさそうに言う表情には 初夏の強い日差しが鋭角に当た り その陰影は深さを増して 何とも言えない人間味を帯びるのでした。 そして どこから見ても普通の玄関に向かう その足音は再び  『ゴツゴツ』と 狭い廊下に響き渡るのです。 この小さな寸劇の終わりを 今は感情移入しまいと 無表情という無心を心掛け  その靴が歩んできた道程を思いながら 面談はスタートするのでした。 面談では この寸劇に関して触れませんでしたが その後 この風景を思い返して みると 笑いを抑えることが難しく 非常に面白いのです。 初めて上がる家に土足で踏み込む人と  初めて家に上げる人に土足で踏み込まれた人による これから互いの未来に関する様々な想いを真面目に述べる時間が始まること それが俯瞰図として とても面白いと思うのです。 ohtaはこの面白い仲間を加えて 新しいコレクションに励みます


それに関する空白時間                          七月十六日 d100716 20代も中盤になりますと 一部の特別な環境にいる人間を除いて 毎日働かなけれ ばなりません。 日々の生活を送る為にはお金が必要で 一日の多くの時間に身体と頭を使います。 僕は自営業者ですので 仕事の時間も自分で決めることができますが それ故に将来は何の保証も無い為 様々な点に関して考え続けなければなりません。 創作について 時間について お金について 将来の展望について 自由について  等々良い方向に一歩進む為に どのような考えで どの方向に進んでいけば好まし いのか 明快な答えのない内容を ぐるぐると考え続けています。 稀に 心の晴れる 一つの考えに辿り着くこともありますが 多くの場合 かなりの時 間を必要とします。 しかし同一のことを考え続けると 考えている対象が去ってしまうようにも感じるのです。 明快な考えに至るには 様々な経験 知識 知恵 は必要なのは言う間でもありませ んが その目的の為に思考を止めることも需要だということが 短い経験上解っており ます。 ある思考は その目的の思考以外の空白時間下の無意識で 自ずと考えが練り込ま れ熟成され 心の晴れる一つの考えとして 再び目の前に現れるという訳です。 見えざる自分に対して 目的の思考以外の空白時間をどのように 提供するのかとい う点が重要な問題です。 しかし 一部の特別な環境にいる人間ではない僕は その為に必要な時間とお金を  作る為にぐるぐると また考えてしまうのです。


新しい仲間                                 七月十二日 d100712 来期11ssにむけてのインターンの募集をしたところ 今回も全国各地からたくさんの 応募をいただきました。 応募して頂いた方々 考えて頂いた方々 ありがとうございました。 新しい仲間と共に 新しいコレクションを作っていきたいと思います。 今回良い返事をできなかった方々には申し訳ありませんが いつかタイミングが合い  何か一緒に作れたらなと考えております。 応募された方とお話をしますと 本当に面白いなあと思わされます。 何故 美術をやっているのか? 何故 服飾をやっているのか?  何故 東京へ移ってきたのか? 何故 留学をしたのか? 何故 ohtaの元へ来たのか? 何が楽しみで生きているのか? 等々 質問するのですが 皆 色々なことを考えて 真剣に生きてるんだなと思うと  何か楽しい気分になると同時に 良い刺激になります。 次の発表までの約三ヶ月間 新しい仲間と接することで 僕もインターンの方々にも  一つでも良い経験を積み 前に一歩進めたらば 良いチームになるのではないかなと  考えております。 大事なことは正直に前へ進むことだけです。


蜂の前足                                    七月八日 d100708 久しぶりの青空の朝 短パンにTシャツ姿で洗濯物を干していますと 一匹の蜂が頭 上を飛んでいました。 少し身を屈め 過ぎていくのを待っていましたら もう一匹の蜂がやってきました。 暫くじっとしていたら更にもう一匹やっていたので 上を向いたらベランダの雨よけの 隅に 直径10cmはある蜂の巣があり そこには十匹以上のアシナガ蜂が 前足を動 かし何かをしておりました。 それを見た瞬間に体が硬直し この事実を知らずにのうのうと何ヶ月も洗濯物を干し 続けた自身に苦笑するしかありませんでした。 すみやかに部屋に戻り 長い白シャツに色褪せたシーパン 目以外の頭部を白いタ オルで覆い 右手に殺虫剤を握り 再びベランダに戻りました。 先ずは 巣の真下に干してしまった洗濯物をゆっくりと救出しました。 そして 静かに近づくと 蜂はまだ十数匹集まったまま 前足を動かし何かをやって おります。 彼女等は家を造っているのでしょうか? 繁殖の準備なのでしょうか? 自然の摂理に従い 本能を携えて ただただ 生きておるのです。 自分の背後や頭上に飛んでいる蜂がいないかを確認して 殺虫剤のボタンにかけた 右人指しに全力を注ぎ もう一歩巣へと近づきました。 噴射された大量の薬品は 辺りを白くし 人間化学が生み出した 毒霧の中 蜂は力 を失い 地に落ちていくのです。 前足を痙攣させ落ちてゆく蜂にも しかめっ面で右手から猛毒を放つ人間にも 燦々とした太陽の光は 同じように降り注がれるのです。 この世界を 見えない色で覆っている 業の法則は この夏も生きております。


この部屋ではない                              七月四日 d100704 前の日記にも書いたように 人生というものはとても短いものだと感じます。 新しい発見と不安が混じる 知っている人の誰もいない場所。 以前の自分自身が小さな人間思えてくる 見たことの無い風景。 そんな所を求めて 遠くへ行きたくて仕方が無いのです。 とりあえず 今旅立つことは許されませんので それを実現への第一段階として候補 地を挙げてみます。

・ウクライナ:この国の民族衣装が好き 一度は行きたい ・オランダ:尊厳死を認める国の田舎の空気を感じてみたい ・アイスランド:良いと思って手に取る 音楽 写真 などは この国の作り手が多い ・熊本 宮崎:数人の知り合いが写した両県の大自然の写真が 非常に綺麗だった ・スロベニア:数年前に一度訪れたのだが もう一度自転車で探索したい ・西方ロシア:昔読んだ 江戸時代にロシアに漂着した日本人の話に感動した

この中では熊本 宮崎だけが 場所目的地として非常にピンポイントなので 他の国 々も少しずつ調べて 場所を絞っていき具体的にしていかなくてはなりません。 今の自分では想像できないものを 創りたいのですが それは 『今の自分ではない 者との出会い』という意味では 旅をすることと同じ意味を持っているのかもしれませ ん。